東京地方裁判所 平成8年(ワ)23101号 判決 1998年5月14日
原告
石川島建材商事株式会社
右代表者代表取締役
田口春生
右訴訟代理人弁護士
黒田泰行
被告
兼松エネルギー株式会社
右代表者代表取締役
西海光次
右訴訟代理人弁護士
篠崎芳明
同
小川秀次
同
金森浩児
同
小川幸三
同
小見山大
同
寺嶌毅一郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金六三八七万一四三二円及びこれに対する平成六年一二月三一日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、土木・建築用資材等の販売・修理及び賃貸等を目的とする株式会社であり、被告は、石油、石油製品、液化石油ガス等の商品の売買業等を目的とする株式会社である。
2 原告は、被告との間で、平成六年一一月九日頃、別紙物件目録記載の商品(以下「本件物件」という。)を左記の約定で売る旨の合意をした(以下「本件売買契約」という。)。
記
代金 六三八七万一四三二円(商品代金 六二〇一万一〇九九円、消費税一八六万〇三三三円)
代金支払日 平成六年一二月三〇日
支払条件 現金
損害金 買主は売主に対する支払債務の弁済を遅延したときは、年率一八パーセントの割合による損害金を売主に支払う。
3 よって、被告は、原告に対し、本件売買契約に基づき、代金六三八七万一四三二円及びこれに対する弁済期の翌日である平成六年一二月三一日から支払済みまで約定の年一八パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、代金支払期日は否認し、その余は認める。
本件売買契約における売買代金の弁済期は、本件物件が引き渡された日の月末起算二か月後という不確定期限であり、本件物件はいまだ引き渡されていないから、売買代金の弁済期は未到来である。
三 抗弁
1 同時履行
被告は、本件物件が引き渡されるまで、本件代金の支払いを拒絶する。
2 権利濫用の評価根拠事実
(一) 本件売買契約は、平成六年一一月一〇日頃、株式会社トーメン(以下「トーメン」という。)の石油ガス製品部課長であるX(以下「X」という。)が、原告プロジェクト部次長Y(以下「Y」という。)に対して取引の依頼を行い、Yと被告東京支店販売部第二課リーダー(課長)であったB(以下「B」という。)との間で合意した取引であり、原告がトーメンから本件物件を買い受け、同時に被告に対し、一キロリットル当たり五〇円の口銭を付して売り渡す取引である。
(二) 本件売買契約は、平成六年一〇月取引(平成六年一〇月に石油元売会社からエンドユーザーに対し石油製品が引き渡されたとする取引)として同年一一月上旬に合意したいわゆる介入取引であったものであるが、本件物件は、原告から被告に対しても、石油元売業者からエンドユーザーに対しても引き渡されたことがない。
(三) Bが本件売買契約に対応する売上として帳簿上計上したトーメンに対する売上は、トーメンの担当者と全く合意されていない架空売上であり、トーメンは被告に対して売買代金支払義務を負わない。
なお、トーメンは、平成六年一二月一日、突然被告に対し本件取引につき売約書を交付し、署名捺印を求めたが、被告は、金額等も異なり、すでに不正取引であったことが発覚していたので、拒否したものである。
(四) Yは、本件売買契約のような商取引上特殊な取引であるつけ取引において、Xからファックスを受領し、トーメンに架電して意思確認をしたのみであり、このような特殊取引の行われる目的、相手方の会社の意思確認、その生ずべきリスク等の調査は全く行っていないので、重大な注意義務違反がある。
(五) 被告は、有限会社サン・コーポレーション(以下「サンコーポ」という。)からBに対するリベートの脱税疑惑についてされた国税局の調査の後、A販売部長(以下「A」という。)らから売買目的物のない不正取引をしていることについて説明を受け(右説明では被告の会計帳簿に虚偽の計上をしていることは一切触れられず、不正取引ではあるが売却先に売買代金を請求できる取引であるとのことであった。)、直ちにAらに対して売買目的物のない不正取引を同年一一月(同年一〇月取引)以降行ってはならないことを厳命したのであり、Aらが同年一一月以降も不正取引を行っているとは夢にも思っていなかった。
(六) 被告は、平成六年一一月二九日になって、Aらから同年一一月にも売買目的物の引渡しのない不正取引をしたこと、被告の会計帳簿に虚偽の計上をしたこと等の説明を受け、取引先に照会したところ、売買目的物の引渡しのない不正取引の存在が判明したため、売買代金の支払いを拒絶したのである。
(七) 本件物件について、原告は仕入先であるトーメンに対して、現在に至るも売買代金を支払っていない。
(八) 本件売買契約のように、売買目的物の引渡しのない取引が商取引として評価されるためには、当該取引が環状取引となり、環状を構成した当事者が商品代金を回収できる取引となっている必要がある。ところが、本件取引においては、トーメンは被告に対して売買代金支払義務を負わないので環状取引になっていない。
(九) 以上からすると、被告が原告に対して売買代金を支払い、原告がトーメンに対して売買代金を支払えば、被告は全くの損失となる一方、トーメンは受領額全額が利益となる。また、原告はトーメンに対する支払いを拒絶すれば損害は一切発生せず、他方、被告においては原告がトーメンに対する支払いを拒絶して被告に対する請求を放棄しなければ、損害を防止する手段が一切ない。
原告は、遅くとも本件売買契約の決済日である平成六年一二月三一日までには本件売買契約が売買目的物の引渡しのない取引であることを認識し、トーメンに対する支払前に右売買目的物の引渡しのない取引であることを認識したものであり、しかも、現にトーメンに対して売買代金も支払っていないのであるから、長期間にわたり取引関係にあった原被告間の関係からしても、原告はトーメンに対し、支払いを拒絶し、本件取引をキャンセルすべきであり、これをせずに本件請求をするのは権利の濫用に当たる。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁2(一)の事実は認める。
2 同(二)の事実のうち、本件売買契約が介入取引であったことは認める。
本件物件が引き渡されていないことは不知。原告は引き渡されたものと考えている。
3 同(三)の事実は不知。
4 同(四)の事実は否認する。
5 同(五)の事実のうち、被告がAらに平成六年一一月以降不正取引を行ってはいけないことを厳命したことを認め、その余は不知。
6 同(六)の事実のうち、被告が取引先に照会して不正取引の存在が判明したことについては、原告と被告間の取引につき認める。
7 同(七)の事実は認める。
8 同(八)、(九)は争う。
五 再抗弁
1 信義則違反の評価根拠事実(抗弁1に対し)及び権利濫用の評価障害事実(抗弁2に対し)
(一) 被告の東京支店には、支店長、支店次長の下に販売部があり、本件取引はA販売部長、B販売部第二課リーダーら販売部全体によって引き起こされたものである。被告の支払規定では契約書に支店長印を捺印するのは東京支店長と決まっており、それ以外の者が捺印することができないものであるが、本件契約書に支店長印が捺印されているという点では、本件取引は東京支店全体によって引き起こされたともいえる。
(二) 本件売買契約の買約書には被告の東京支店長印が捺印され、支店長の決裁を受けたことが示されている。本件売買契約の貨物受領書も販売二課の横判、担当者欄にはBの判が捺印されており、買約書、貨物受領書ともに、外形上有効な書類として作成され、右書類は、被告から原告に送付されている。
(三) 被告は、平成五年春頃から通達で介入取引を禁止しており、平成六年一〇月二五日の国税庁の査察を機縁として、Aらに同年一一月以後介入取引を行ってはならない旨厳命したものの、右厳命に際して具体的な禁止条項を規定したわけではないし、Bを平成六年一〇月に支店長付にした後も並行して営業第二課長の業務も行わせており、外形上有効な買約書、貨物受領書が作成され、原告に交付されることを防止する手段を講じなかった。
(四) 被告においては、契約書等の証拠書類がなくても契約の最終の締結権限者たる支店長の了解を得れば売上計上は可能であり、トーメンに対する売上も、トーメンの押印のある契約書なくして売上計上がなされている。
このように、自ら証拠書類不足で売上計上しておきながら、かかる証拠書類不足の売上計上を理由として、証拠書類が完備している原告の請求を拒むのは信義則に違反する。
(五) 被告は、本件取引に先立つ六回の本件取引と同様の取引につき、売買代金を約定どおり現金で支払っている。
(六) 原告は、被告東京支店のB、Aらの不正取引とは何ら関係がないし、被告から外形上有効な書類が送付されている以上、先立つ六回の取引と同様に本件取引に入った原告には何らの責められるべき事由は存在しない。
(七) 原告は、被告に請求書を送付した際には、電話でBらと単価等の明細の確認をしており、被告は、本件取引及び本件取引以前の取引すべてについて取引の内容の確認をした上で、外形上有効な買約書、貨物受領書を返送している。
(八) 本件取引は、トーメンにとっては今後石川島グループとの取引を広げていくための布石であり、原告の口銭は最初から継続して一キロリットルあたり五〇円位であり、少額(約二〇万円)である。右の取引事情により、被告からの代金支払がないと原告からトーメンへの代金支払ができないことにつきトーメンの了承を得ているのである。
(九) 介入取引という取引形態は通常存在するものであり、石油商品以外の他の分野でも一般的に見られる取引形態である。
(一〇) 以上からすると、被告が本件物件の引渡未了を主張することは、信義則に違反し、また原告の本訴請求は権利の濫用には当たらない。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1(一)の事実のうち、本件取引がA、Bらによって引き起こされたことは認める。
2 同(二)の事実のうち、被告が買約書を作成交付したことは認める。貨物受領書については、作成交付したのが被告という趣旨であれば否認し、Bであるという趣旨であれば不知。
3 同(三)の事実のうち、被告がAらに介入取引を行ってはならない旨を厳命したことは認める。
4 同(四)の事実のうち、トーメンの押印ある契約書なくしてトーメンに対する売上計上がなされていることは認める。
5 同(五)の事実は認める。
6 同(六)、(一〇)は争う。
七 再々抗弁
1 信義則違反の評価障害事実(再抗弁1に対して)
権利濫用の評価根拠事実(抗弁2)と同じ。
八 再々抗弁に対する認否
抗弁2に対する認否と同じ。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
(裁判官滿田明彦)
別紙物件目録<省略>